Aquileia
〜アクイレイア〜
写真でみるイタリア旅行記
オススメ度 ★★★

フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州に位置するアクイレイアは、ローマ時代後期(起源300年ごろ)に帝国第4の都市として、またアドリア海の貿易港として大変栄えた。
が、5世紀にフン族のアッティラがアクレイアの街になだれ込み街は崩壊、以後の都市としての発展は中断された。
その後の11世紀、ポッポーネ枢機卿によって再度アクイレイアの地理的重要性が見直され、その時代に現在のバジリカが建設。
アクイレイアの名を世界に轟かせているのは、起源300年、つまり今から1700年も昔に作られたモザイクの床。
その規模は世界最大規模のものであり、また当時の鮮やかさを失っていないのは奇跡的と言えよう。
1998年、アクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バジリカは、ユネスコの世界遺産に登録された。


アクイレイアのバジリカ(大聖堂)は、基礎部分が起源313年頃に建設された、世界でもっとも歴史のある教会の一つである。
現在私達が目にすることが出来る教会のたてもの部分は、ポッポーネ枢機卿の命により、11世紀から14世紀にかけてゴシック様式で建設されたものである。
バジリカ内部は、床部分が起源300年頃に作られた大変貴重なモザイク装飾で一面飾られている。
1700年の時を経た今でも当時の姿をほぼ完璧なままに残したのは、後世において当時のモザイク床の上に、そのまま新しい床を作ったため。
それにより奇跡的にモザイクが数千年のときを経て守られていたもの。
そしてこの素晴らしいモザイクの床が再発見されたのは、何と1909年と近年になってからのことである。
教会内部も非常に美しいゴシック様式。
起源300年頃の大変貴重なモザイクを傷めないために、現在は天井に吊るすかたちで作られたガラスの渡り廊下を見学者たちは歩いてまわる。
教会の床一面に広がるモザイク画は、世界最大規模のモザイクでもある。
約1700年前に作られたとは思えないほど、色鮮やかで、ほぼ完璧なままに残されたモザイク床。
描かれた鹿が、今にも飛び跳ねそうな勢い。
教会入り口付近には、数十人ほどの当時の人々の顔を描いたモザイク画が。それらはおそらく当時の教会建設に資金を提供した人々のものであろう、と言われている。
またモザイク画から、当時の人たちの衣服文化なども見て取れる。
右のモザイク画は、キリストの秘蹟、つまりキリストの血はぶどう酒で出来ているという象徴を表したもの。
モザイクの床には、当時の動物の姿も数多く残されている。
現在の姿と比較してみても、数千年のときを経て変わっていないんだなぁ、と妙に感慨深かったり。
紀元300年ごろ、このバジリカの建設に尽力した「テオドロ枢機卿」に関する記述がモザイクでも。
XとPを合わせたような最初の文字(シンボル)は、ギリシャ語でキリストを意味するもの。
バジリカの祭壇に近い場所には、「海と魚、そして漁の様子」が描かれている。
海はキリストの世界、魚はキリストの教えに従う者たち、船は教会を表しているらしい。
教会の地下に位置する地下納骨堂は、起源800年ごろに建設された大変歴史あるもの。
またその壁を装飾するフレスコ画は1100年代のもので、これもフレスコ画としては世界でも最も古い例の一つである。
地下納骨堂のフレスコ画の一部。
アクイレイアのバジリカ建設に尽力した、聖エルマコラの生涯が壁一面に描かれている。

バジリカ近くの、ローマ時代の遺跡。
遺跡の奥に、バジリカの鐘楼が顔を覗かせている。